明治18年の小浜発・大坂宛 [日本郵便史]
画像は、新小判2銭のごく普通の使用例なのですが、先日ご紹介したマテリアルと同じく琵琶湖ネタです。
データは「若狭・遠敷・五・六/小浜」→「一八・五・六・リ/大坂」。
当時、小浜からは小浜 → 日笠 → 熊川 → 今津という郵便線路があり、今津からは琵琶湖汽船で大津へ。
そして、鉄道で大津から大坂へ逓送されました。
小浜局はKG型なので時刻はわからないのですが、前日の夜の投函だったのではないでしょうか。それを小浜局で早朝に処理をして今津へ。
今津からの汽船は日中便と夜行便があるのですが、10時発の日中便であったことは間違いありません。
大坂局がリ便なのは消印から確定しています。
この時期の大坂局はリ便が最終なのですが、当日配達の最終便の後にチ便とリ便を使用しています。
当日の最終便であるト便は19時15分なので、それに間に合わなかったとすると、大坂20時17分着の列車であったはずですから、大津発は17時45分です。
と言うことは、やっぱり今津10時発の汽船で間違いありません。
消印だけを見てしまうと、小浜 → 大坂間が同日配達のように見えてしまうのですが、実は違うのです。
そして、北陸に住んでいると琵琶湖の逓送経路が意外と大切。
データは「若狭・遠敷・五・六/小浜」→「一八・五・六・リ/大坂」。
当時、小浜からは小浜 → 日笠 → 熊川 → 今津という郵便線路があり、今津からは琵琶湖汽船で大津へ。
そして、鉄道で大津から大坂へ逓送されました。
小浜局はKG型なので時刻はわからないのですが、前日の夜の投函だったのではないでしょうか。それを小浜局で早朝に処理をして今津へ。
今津からの汽船は日中便と夜行便があるのですが、10時発の日中便であったことは間違いありません。
大坂局がリ便なのは消印から確定しています。
この時期の大坂局はリ便が最終なのですが、当日配達の最終便の後にチ便とリ便を使用しています。
当日の最終便であるト便は19時15分なので、それに間に合わなかったとすると、大坂20時17分着の列車であったはずですから、大津発は17時45分です。
と言うことは、やっぱり今津10時発の汽船で間違いありません。
消印だけを見てしまうと、小浜 → 大坂間が同日配達のように見えてしまうのですが、実は違うのです。
そして、北陸に住んでいると琵琶湖の逓送経路が意外と大切。
2018-04-28 21:20
コメント(2)
即売会でスルーしてしまうようなカバー。逓送経路がこのように判明できる知識の深さに脱帽です。
by 若葉マーク (2018-04-29 16:00)
若葉マーク さん
いつも、ありがとうございます。
近年、明治時代の時刻表や資料類が安価や無料で入手できるようになったので、こうしたことを調べるのには良い環境になりました。
by stamp (2018-04-30 11:35)