米国・国立公園 [外国切手]
画像は、米国の国立公園シリーズから、グランドキャニオンを描く2セント切手。
この切手には、ご存知のように目打有りと無しがありますが、こちらは無しの方でプレート・ナンバーは21256。
この無目打には、プレート・ナンバーが21254〜21257までの4種があります。目打有りは、その倍の8種ですね。
国立公園シリーズは好きな切手なので、これで1フレーム程度のミニコレクションでも作ろうと魔が差したことがあったのですが、この切手はその頃の残骸です。
30年ほど前のことです。
2014-05-31 21:17
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『新日本切手カタログ』1976年版 [文献]
画像は、僕が初めて手にした『新日本切手カタログ』で1976年版。
1976年版ということは、発売は1975年の秋で僕は5年生。父親に頼んで仕事帰りに買って来てもらいました。
それまでは、組合カタログと原色カタログしか使っていなかったので、その厚さと文字量に驚いたものです。
小学校は私立に通っていたので、横須賀線の電車通学でしたから行き帰りの時間に読んでいたのを覚えています。
そして『小判切手の集め方』を読んで、その頃に興味を持ち出した小判切手の消印別評価を眺めながら、頭がクラクラと。
なにしろ、切手1枚に1000円なんて出せない子供ですから、大部分が数千円以上の評価を見ては無理もありません。
それに比べて菊切手の評価は、そこまでは細別されていなかったので、ジュニアに優しい菊切手という感じでした。
そのためかどうかは分かりませんが、あの頃は菊切手からクラシックに入る子供が多かったと思います。
2014-05-28 19:50
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越前・江波局のKG型 [日本郵便史]
一見したところ、大阪・川口支局のボタ印で抹消された、ごく普通の新小判2銭貼りのカバー。
配達印も無いので駄物中の駄物という感じがしていたのですが、貼付けられた付箋を見てビックリ。
データは「越前・丹生・一・二九/江波」。
驚きました、希少な江波局の二重丸印です。
抹消印とか配達印では無いのがちょっと残念ですが、そんな贅沢は言ってられません。
差立証示印であるN3B3の年号から、明治19年の使用例であることが特定できます。
ちょっと古いのですが、江波局の明治15年の取扱量は差立が3,712通で、到着は10,430通という数字が残っています。
配達印も無いので駄物中の駄物という感じがしていたのですが、貼付けられた付箋を見てビックリ。
データは「越前・丹生・一・二九/江波」。
驚きました、希少な江波局の二重丸印です。
抹消印とか配達印では無いのがちょっと残念ですが、そんな贅沢は言ってられません。
差立証示印であるN3B3の年号から、明治19年の使用例であることが特定できます。
ちょっと古いのですが、江波局の明治15年の取扱量は差立が3,712通で、到着は10,430通という数字が残っています。
2014-05-27 19:34
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1917年の付属品広告 [雑記]
1917年というと、日本では大正6年ですね。
下の画像は、その1917年版の『イベールカタログ』に掲載されている郵趣付属品の広告の一部です。
これはアルバム。
バラのリーフをネジで綴じる方式で、今のものと変わりはありません。
続いて、透かし検出皿と目打ゲージ。
透かし検出皿を持っている人って意外と少ないのですが、僕はちゃんと持っていますよ。ただし、使うことはとても少ないですが。
最後はヒンジ。
さすが、郵趣先進国フランスのカタログです。
これ意外にも、ピンセットなど色々な広告が載っています。
悲しいかな、僕はフランス語を全く知らないので、書かれている宣伝文句が分かりません。読めていたら、更に面白いことが分かったでしょうに。
ちょうど同じ年に出版された日本のカタログも持っているのですが、こうした付属品の広告は1つも載っていませんでした。
下の画像は、その1917年版の『イベールカタログ』に掲載されている郵趣付属品の広告の一部です。
これはアルバム。
バラのリーフをネジで綴じる方式で、今のものと変わりはありません。
続いて、透かし検出皿と目打ゲージ。
透かし検出皿を持っている人って意外と少ないのですが、僕はちゃんと持っていますよ。ただし、使うことはとても少ないですが。
最後はヒンジ。
さすが、郵趣先進国フランスのカタログです。
これ意外にも、ピンセットなど色々な広告が載っています。
悲しいかな、僕はフランス語を全く知らないので、書かれている宣伝文句が分かりません。読めていたら、更に面白いことが分かったでしょうに。
ちょうど同じ年に出版された日本のカタログも持っているのですが、こうした付属品の広告は1つも載っていませんでした。
2014-05-26 18:00
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ペニーレッド・プレート138の使用例 [外国切手]
画像は、ペニーレッドのプレート138を3枚貼った使用例で、チェクレターはJ-D〜J−F。
宛先はフランス宛で、ごく普通にある使用例ですが一応外国郵便です。
Nottingham発で、1872年6月30日の日付印が押されています。抹消部の番号は583。
カバーは、フラップ部の消印を見せるために上に開いてありますが、左はパリの中継印で6月31日。その右の開封時にちょっと切られてしまっているのは、リヨンの到着印7月1日です。
左下には二重丸のフランスの日付印がもう1つあるのですが、残念ながらブレていて局名が読めません。日付はパリと同じ31日です。
たぶんフランスの入国印だと思うのですが・・・。
一番目立つ朱色の「PD」印が、宛先までの料金完納印であることは、言うまでもありませんね。
1872年ですから、日本では桜切手の最初のシリーズが売出された時代。
そんな時代の3枚貼り外郵カバーが、日本円で3000円弱で楽しめるのですから安いものです。
2014-05-25 18:00
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『カバー収集入門』 [文献]
一時期、自作の初日カバーに凝っていた時がありました。
三十数年も前の話しです。
その頃に読んだのが本書ですが、書名が示すようにカバー収集全体を扱うもので、鉄郵や初飛行なども扱っています。
多局押しの初日カバーなんていうのも本書で作り方を知りましたが、今一つピンと来なかったですね。
それよりも実逓の方が好みでした。
ただ、実逓は到着印が押される速達じゃないと意味がなかったので、ちょっと余分な出費が必要でしたが、まぁ、それは仕方がありません。
記念カバーに特化した解説書は、本書以外には見られなかったので、けっこう参考になったものです。
2014-05-24 16:30
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根本中堂 [日本切手]
画像は、第1次ローマ字入りシリーズの60円で、描かれているのは国宝である比叡山延暦寺根本中堂。
地味な切手ですが、ローマ字シリーズの中でも好きな切手です。
この切手、刷色が暗い緑なので消印が読みづらいのですが、その渋さと、凹版の素晴らしさ、そして構図の良さの三つが合わさった良い切手だと思います。
そして、上の画像は印面の一部拡大。
普段、なかなかルーペで拡大して見ることは無いのですが、上の画像のようにするすると彫刻者のビュランの息遣いが伝わって来ます。
こうした芸術性は他の版式では決して味わうことができませんね。
2014-05-23 19:28
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『官葉』第41・42号 [文献]
JPSステーショナリー部会が1995年に発行した『官葉』第41・42号は、その前年のジャペックス94で大金銀賞を受賞した大島正昭氏『年賀郵便史』の作品集です。
「年賀」の収集テーマというと、僕自身の中ではジャペックス85の特別展示「年賀」の印象が強くて、今一つ興味が湧かないのですが、本作品集を見ると、オーソドックスな郵便史作品としての年賀状の面白さ、捉え方が伝わってきます。
方法は何も目新しいものではなくて、年賀状をその時々の郵便システムや郵便制度の中で位置付けるというもので、極めて一般的な誰もが知っているような郵便史の手法です。
僕にとっては、「年賀」というテーマを見直すきっかけになった1冊。
2014-05-22 18:00
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おしどり・壁画100円切手帳 [日本切手]
画像は、第1次円単位の「おしどり・壁画100円切手帳」。
子供の頃には、現行切手の切手帳の多くは高嶺の花で、これもその1つでした。
子供といえどもシート切手の未使用単片は両方とも持っていたので、5円がグラビア印刷で、10円が凸版印刷であることは知っていました。
そこで疑問だったのが、なんで切手帳ではグラビア印刷と凸版印刷の切手が一緒に印刷されているのか?ということ。
それを解決してくれたのが、1977年8月に刊行された『現行切手収集入門』。
予約してあった本が配本されてから、一気に読みました。
夏休みだったので、中学校から言われた歯の治療に通う歯医者の待ち時間にも、むさぼるように読んだのを覚えています。あの頃は、歯医者の予約なんて無かったので、夏休みなんかだと順番待ちに数時間は当たり前でしたから。
で、そこに書いてあったのは、「おしどりと観音の切手帳はゲーベル凸版2色機にグラビア2色分のユニットを附設した印刷機を用い」という一文。
読んでしまえば、なんのことはない。ゲーベル凸版印刷機に、グラビア印刷機を増設して印刷しただけのこと。
変則的な印刷のこの切手帳。今でも気に入っています。
2014-05-21 18:00
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明治13年3月21日東京市内局の引受数 [日本郵便史]
画像は、『いずみ』119号(昭和49年2月号)に掲載の、明治13年3月21に日東京市内局で引受られた郵便数を、一覧表にしたものです。
本調査票は東京本局に保管されていたらしく、明治22年になって廃物利用の封筒に転用され、東京郵便電信局から信濃下諏訪局宛てに送られました。
たった1日の統計なのでなんとも言えませんが、ほとんど知ることがない実態を示す資料として、なかなか面白いと思います。
外国郵便がカウントされていないのが、痛いところではあります。
本調査票は東京本局に保管されていたらしく、明治22年になって廃物利用の封筒に転用され、東京郵便電信局から信濃下諏訪局宛てに送られました。
たった1日の統計なのでなんとも言えませんが、ほとんど知ることがない実態を示す資料として、なかなか面白いと思います。
外国郵便がカウントされていないのが、痛いところではあります。
2014-05-20 18:00
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オーストリアのヒトラー加刷 [外国切手]
今まで、手元にあっても全く気にしなかったオーストリアのヒトラー加刷。1945年に色々と出ています。
こんなのとか
こんなのとかね。
で、一番有名なのがこれでしょう。
ヒトラーが檻に入れられているイメージ。
それで、リーフを見ていて気が付いたのが、先行して発売された下の国名加刷。
これだけでは、ヒトラーを潰すには不十分と考えたので、そこで顔を全面抹消する檻タイプの加刷が採用されたのではないかと。
国名加刷だけでは、ヒトラーの顔が生きているので、否定して抹消(抹殺?)したことにはなりませんからね。
こんなのとか
こんなのとかね。
で、一番有名なのがこれでしょう。
ヒトラーが檻に入れられているイメージ。
それで、リーフを見ていて気が付いたのが、先行して発売された下の国名加刷。
これだけでは、ヒトラーを潰すには不十分と考えたので、そこで顔を全面抹消する檻タイプの加刷が採用されたのではないかと。
国名加刷だけでは、ヒトラーの顔が生きているので、否定して抹消(抹殺?)したことにはなりませんからね。
2014-05-19 18:00
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こんな広告も [雑記]
画像は、昭和54年に発行された郵趣雑誌掲載の広告。
40代後半以上の年齢の方には、ある意味懐かしい名前の切手投資センターです。
そこが、池袋の東武百貨店に出店していたのですが、右側に書かれている「コーナーの特色」の下から2番目の「切手でお買い物」が面白い。
抜き書きすると「月曜日と金曜日は、あなたの切手でショップ店頭の商品を買うことが出来ます。但しあなたの切手は額面で計算します」。
如何にも、投資センターっぽい文句です。
今なら額割れ切手を持込むのですが、店は何て言うでしょうかね。
こんな広告、他では絶対見ませんから面白いでしょ。
2014-05-18 14:46
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ロタ [風景印]
戦前の風景印から、南洋のロタです。
マリアナ諸島に所在するのですが、グアムやサイパンみたいに有名ではないですね。
当時は、どうだったのでしょうか?
この図案、いかにも平和な南の島って感じがしませんか。
良く出来た図案で、好きな風景印の1つです。
ちょっとビックリするのが、小さく描かれた鹿。
居るのですね、こんな南の島にも。
2014-05-17 22:21
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昭和28年の国産アルバム [雑記]
国内生産のアルバムと言えば、今や郵趣サービス社の製品ばかりになってしまいましたが、僕が子供の頃は、松坂屋製のものがまだありました。
下の画像は、『切手』21号(昭和28年7月19日号)に掲載された全日本郵趣連盟が企画したもので、それまでの輸入品の半値以下で、良質なものを安定供給しようと考えたもの。
そして、出来上がったのが下の画像で、『切手』38号(昭和28年11月15日号)掲載の写真です。
3穴アメリカンスタイルで、ボストークに似ていますね。
まぁ、どちらも参考にしたのがアメリカンスタイルなのだから、似て当たり前ですが。
第1次発注分は2500冊で、450円だそうです。
昭和28年の段階で、これだけの国産アルバムが供給されていたことを、皆さん意外とご存じないようなので、豆知識としてご紹介です。
下の画像は、『切手』21号(昭和28年7月19日号)に掲載された全日本郵趣連盟が企画したもので、それまでの輸入品の半値以下で、良質なものを安定供給しようと考えたもの。
そして、出来上がったのが下の画像で、『切手』38号(昭和28年11月15日号)掲載の写真です。
3穴アメリカンスタイルで、ボストークに似ていますね。
まぁ、どちらも参考にしたのがアメリカンスタイルなのだから、似て当たり前ですが。
第1次発注分は2500冊で、450円だそうです。
昭和28年の段階で、これだけの国産アルバムが供給されていたことを、皆さん意外とご存じないようなので、豆知識としてご紹介です。
2014-05-16 19:10
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こんなカバー好きです [日本郵便史]
ご覧のとおり、第2次昭和5銭2枚に、第3次昭和10銭の第4コーナーを含む5枚、30銭2枚の合計1円20銭貼り。
消印は6個も押してありますが、どれもフラフラです。
何とか読んでみると「東郷/22. 5. 19」。差出人の住所も千葉県長生郡東郷村なので間違い有りません。現在の茂原市の一部ですね。
前月の4月1日から、郵便料金の大幅値上げで第一種も一挙に4倍になりました。
戦後のこの時代に、手当り次第に色々な切手をベタベタと貼ったカバーが多いですけど、僕はこういうのが好きですね。いかにも混乱期を物語っている感じがします。
それに、リーフに貼っても賑やかしくて楽しめますしね。
2014-05-15 18:00
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ハンガリー消印リーフから [外国郵便史]
下の画像は、僕のメイン収集の中から、ハンガリーの消印リーフです。
と言っても、今では特にプレ・スタンプ時代の郵便史に特化してしまったので、画像のように切手使用開始以後だと微妙に収集からズレていて、メイン収集の中のサブみたいなものでしょうか。
このリーフは、左上に見出しがあるように、サブタイプを解説するページ。
ハンガリーの日付印は、形式の種類も多いのですが、サブタイプの型式が異常に多く、ちょっと見ないと、余の多さにすぐに忘れてしまいます。
どのくらい多いのかと言うと、日本の二重丸印のバラエティがとても少ないと思えるほどです。
と言っても、今では特にプレ・スタンプ時代の郵便史に特化してしまったので、画像のように切手使用開始以後だと微妙に収集からズレていて、メイン収集の中のサブみたいなものでしょうか。
このリーフは、左上に見出しがあるように、サブタイプを解説するページ。
ハンガリーの日付印は、形式の種類も多いのですが、サブタイプの型式が異常に多く、ちょっと見ないと、余の多さにすぐに忘れてしまいます。
どのくらい多いのかと言うと、日本の二重丸印のバラエティがとても少ないと思えるほどです。
2014-05-14 18:40
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「菊切手の目打の四基本型」 [文献]
『関西郵趣』64号(昭和29年9月)に掲載された、魚木五夫氏による「菊切手の目打の四基本型」は、国内における郵趣論考の中でも歴史的に重要な位置を占めています。
菊切手の基本目打に、単線12と12.5、櫛型13×13.5と12×12.5の4種類があることは、郵趣家ならば誰もが知っていることであり、ちょっとした収集家は、それを分類してアルバムに貼っているはずです。
それまでは、単なる実測ゲージの羅列であった目打が、本稿によって4種類の基本目打に整理され、これによって、菊切手の目打に秩序が与えられました。
本稿が記された根底には、魚木氏が外国切手の分類方法に学んだ点が大きく、いかに視野を広く持つことが大切かということを示しています。
菊切手の基本目打に、単線12と12.5、櫛型13×13.5と12×12.5の4種類があることは、郵趣家ならば誰もが知っていることであり、ちょっとした収集家は、それを分類してアルバムに貼っているはずです。
それまでは、単なる実測ゲージの羅列であった目打が、本稿によって4種類の基本目打に整理され、これによって、菊切手の目打に秩序が与えられました。
本稿が記された根底には、魚木氏が外国切手の分類方法に学んだ点が大きく、いかに視野を広く持つことが大切かということを示しています。
2014-05-13 19:45
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第2次昭和5銭東郷糊付き [日本切手]
第2次昭和5銭東郷には、糊付きと糊無しがありますが、画像は糊付きの方です。
画像の銘版は「内閣印刷局製造」で、この他に「大日本帝国印刷局製造」がありますが、こちらはまだ未入手。というか、将来的に入手できるのでしょうかねぇ・・・。
なにしろ、僕が昭和切手にお金を使っても良いと考える許容範囲外ですから。
第1コーナーがあると、輪転印刷ということが一目でわかるので良いですね。
2014-05-12 18:30
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「昭和切手以降の通常切手銘版総まくり」
今井修氏による「昭和切手以降の通常切手銘版総まくり」は、『郵趣手帖』1957年夏号(1957年)に掲載されました。
本稿は、第1次昭和切手の「内閣印刷局製造」銘版から、円単位切手の「大蔵省印刷局製造」銘版までを、航空切手まで含めて解説したものです。
恐らく、銘版に特化してこれだけまとまった解説は、本稿が初めてのものではないでしょうか。
その銘版についても、単に切手の羅列ではなく、体制や歴史的背景も含めて、その銘版が登場した意義についても論じています。
本稿には解説文の他に、「通常切手銘版一覧表」が付表として掲載されています。
当時の郵趣界にあって、これだけの表が発表されたのは、画期的な労作だったことと思われます。
下に、その表からの一部を紹介しておきます。
当時この表を、チェックリストとして活用された方も多かったのではないでしょうか。
2014-05-11 20:42
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“ The Large Dragons and Their Forerunners” [文献]
昨日の日記で紹介した、Philip W. Ireland コレクションの大竜切手と、それ以前のカバーを扱ったオークション・カタログで、クリスティーズ・ロブソンローがチューリッヒで1989年5月25日に開催したものです。
最初にこのカタログを手にして驚いたのは、有名な大コレクションである割には、意外とカタログが薄かったことで、61ページに153ロットのみがリストされています。
大竜切手発行以前のカバーは、前半の26ロットにまとめられ香港・厦門・広東・寧波・上海・汕頭の英国郵政、上海のフランス・日本・米国郵政、北京のロシア郵政などが含まれています。このパートの圧巻は、北京のロシア局のとても美しいカバーではないかと思います。1877年10月24日発のサンクトペテルブルクに宛てた書留カバーで、123,750スイスフラン(当時のレートで1,200万円程度)での落札でした。
大竜切手はエッセイから始まりますが、そのエッセイの中に本セールでの2番目の高値を記録したマテリアルがあります。ロット2032の5分のレモン・イエローのシートで157,500スイスフラン(当時のレートで1,500万円弱)の落札。このマテリアルは、現存2点のうちの1点。
最高値はと言うと、ロット2102。額面1分のセッティング5の未使用完全シートで、現存唯一のもの。著名収集家のコレクションを渡り歩いたもので、180,000スイスフラン(1,700万円強)の落札。
薄いカタログでも、こうして1点、1点見ていったら、その内容たるものやっぱり凄いものなのでしょうね。
それと、Ireland さんは、こんなリーフを作っていたらしいです。
クリシェの拡大図を描き、薄紙、ワイドマージン、厚紙の分類解説をしているページのようです。
最初にこのカタログを手にして驚いたのは、有名な大コレクションである割には、意外とカタログが薄かったことで、61ページに153ロットのみがリストされています。
大竜切手発行以前のカバーは、前半の26ロットにまとめられ香港・厦門・広東・寧波・上海・汕頭の英国郵政、上海のフランス・日本・米国郵政、北京のロシア郵政などが含まれています。このパートの圧巻は、北京のロシア局のとても美しいカバーではないかと思います。1877年10月24日発のサンクトペテルブルクに宛てた書留カバーで、123,750スイスフラン(当時のレートで1,200万円程度)での落札でした。
大竜切手はエッセイから始まりますが、そのエッセイの中に本セールでの2番目の高値を記録したマテリアルがあります。ロット2032の5分のレモン・イエローのシートで157,500スイスフラン(当時のレートで1,500万円弱)の落札。このマテリアルは、現存2点のうちの1点。
最高値はと言うと、ロット2102。額面1分のセッティング5の未使用完全シートで、現存唯一のもの。著名収集家のコレクションを渡り歩いたもので、180,000スイスフラン(1,700万円強)の落札。
薄いカタログでも、こうして1点、1点見ていったら、その内容たるものやっぱり凄いものなのでしょうね。
それと、Ireland さんは、こんなリーフを作っていたらしいです。
クリシェの拡大図を描き、薄紙、ワイドマージン、厚紙の分類解説をしているページのようです。
2014-05-08 18:00
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「"Interphil '76" の中国切手出品」 [文献]
JPS中国切手部会報『中国集郵』2号(1976年8月)に、その年に米国で開催された国際展の参観記である「"Interphil '76" の中国切手出品」が掲載されています。
僕がこの参観記に注目したのは、大竜切手の大コレクターとして著名な、 Ireland 氏の展示作品が紹介されているからです。
Ireland 氏の大竜切手については、ロブソン・ローから出版された著名な解説書や、クリスティーズにより1989年に競売に掛けられた時のカタログ等により知るのみで、氏のコレクションが、どのように組み立てられていたのかについては、全く知ることが無かったのです。
もちろん、本稿は幾つもの出品作品を紹介することが主旨なので、氏のコレクションのみに多くの誌面を割くわけにはいきませんが、それでも7フレームにわたる各フレームの割付けや、主要リーフの内容など、必要最低限の情報を知ることができ、大竜切手の歴史的なコレクションの展示記録として、今となっては貴重な報告だと思います。
僕がこの参観記に注目したのは、大竜切手の大コレクターとして著名な、 Ireland 氏の展示作品が紹介されているからです。
Ireland 氏の大竜切手については、ロブソン・ローから出版された著名な解説書や、クリスティーズにより1989年に競売に掛けられた時のカタログ等により知るのみで、氏のコレクションが、どのように組み立てられていたのかについては、全く知ることが無かったのです。
もちろん、本稿は幾つもの出品作品を紹介することが主旨なので、氏のコレクションのみに多くの誌面を割くわけにはいきませんが、それでも7フレームにわたる各フレームの割付けや、主要リーフの内容など、必要最低限の情報を知ることができ、大竜切手の歴史的なコレクションの展示記録として、今となっては貴重な報告だと思います。
2014-05-07 18:00
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「手彫切手はあなたにも買える」 [文献]
子供の頃に切手商で毎月貰えたのが、切手商組合が出す『スタンプニュース』。
下の画像は、その90号(昭和46年6月)で、その中に「手彫切手はあなたにも買える」と題する啓蒙的な記事が掲載されています。
記事の主旨は、記念切手の中でも高嶺の花だった「見返り美人」や「月に雁」を買う値段で、安価な手彫切手を何枚も買うことができるので、手彫切手は全く手が届かない切手ではない。というもの。
その例として、
・「月に雁」9000円に対して、竜半銭は7000円。
・「蒲原」(値段未掲載)に対して、房2銭なら2枚。
・「月に雁」と「見返り美人」15500円に対して、安価な桜切手9種(リスト掲載)なら14900円。
と紹介されています。
昭和46年というと、その数年前から続く手彫切手の全盛期のはず。
きっと、今以上にカタログコレクション的な収集家には、敷居が高い分野だったのでしょう。
下の画像は、その90号(昭和46年6月)で、その中に「手彫切手はあなたにも買える」と題する啓蒙的な記事が掲載されています。
記事の主旨は、記念切手の中でも高嶺の花だった「見返り美人」や「月に雁」を買う値段で、安価な手彫切手を何枚も買うことができるので、手彫切手は全く手が届かない切手ではない。というもの。
その例として、
・「月に雁」9000円に対して、竜半銭は7000円。
・「蒲原」(値段未掲載)に対して、房2銭なら2枚。
・「月に雁」と「見返り美人」15500円に対して、安価な桜切手9種(リスト掲載)なら14900円。
と紹介されています。
昭和46年というと、その数年前から続く手彫切手の全盛期のはず。
きっと、今以上にカタログコレクション的な収集家には、敷居が高い分野だったのでしょう。
2014-05-06 13:02
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新潟の帯封 [日本郵便史]
帯封と言えば、一度に多量に発送されるものでしょう。
だから、その多くは東京とか横浜、大阪などの大都市のものだと思うし、事実、目にする使用例もそうした発信地が多いと思います。
上の画像は、新小判緑1銭に明治21年の新潟ボタ印の使用例。
地方と言っても、新潟は日本海側の主要都市ですから、ちょっと探すとこうしたものもあります。
そこで興味が湧くのが、どの程度の大きさの都市まで使用例があるのか?ということ。
たぶん、こうした調査例はないのでは。と思いますが。
だから、その多くは東京とか横浜、大阪などの大都市のものだと思うし、事実、目にする使用例もそうした発信地が多いと思います。
上の画像は、新小判緑1銭に明治21年の新潟ボタ印の使用例。
地方と言っても、新潟は日本海側の主要都市ですから、ちょっと探すとこうしたものもあります。
そこで興味が湧くのが、どの程度の大きさの都市まで使用例があるのか?ということ。
たぶん、こうした調査例はないのでは。と思いますが。
2014-05-05 14:58
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南方占領地ローマ字加刷 [日本切手]
ゴールデンウィークで、海外旅行組が大量脱出らしいですが、今年は、日並びが悪くて近場のアジアが人気だそう。
いいですね。
僕などは、明日からやっと連休です。連休ったって3連休、4連休なんて夢の話しで、たったの2連休。
というわけで、今頃は日本人がわんさかと押し寄せている南方占領地ネタです。
南方占領地は、興味深くて好きなので、かなり以前に安価に手に入るレベルだけでも集めようかと思い集め始めたのですが、例によって途中で冬眠状態です。
画像は、1990年代初頭に作ったもので、" DAI NIPPON 2602 MALAYA " のローマ字加刷からの1リーフです。
この頃の主要入手先は、ギボンズのシンガポール支店と、今は亡き森下。
こうした、古いリーフを出して来ると「そうだ、また集めよう」なんて気になってきます。
いいですね。
僕などは、明日からやっと連休です。連休ったって3連休、4連休なんて夢の話しで、たったの2連休。
というわけで、今頃は日本人がわんさかと押し寄せている南方占領地ネタです。
南方占領地は、興味深くて好きなので、かなり以前に安価に手に入るレベルだけでも集めようかと思い集め始めたのですが、例によって途中で冬眠状態です。
画像は、1990年代初頭に作ったもので、" DAI NIPPON 2602 MALAYA " のローマ字加刷からの1リーフです。
この頃の主要入手先は、ギボンズのシンガポール支店と、今は亡き森下。
こうした、古いリーフを出して来ると「そうだ、また集めよう」なんて気になってきます。
2014-05-04 21:26
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「拇太印オンパレード」 [文献]
『慢歩』2巻3号(昭和7年3月)に、下の画像の記事が掲載されています。
記事を要約すると、明治12・13年頃から30年前後までのはがきを10貫目(37.5kg)ほど貰ったので、ボタ印付はがきを即売して、その売上金を陸軍恤兵部に寄付するというもの。
売上げを陸軍恤兵部に寄付というのも、スゴい発想(当時は、そんなものだったのでしょうね)ですが、その分譲の内容もまた凄い。
多度津、尾道が有りますし、もしかしたら岐阜や金沢の鏡字なんてのも、その数十枚な中にあったかも。
なにしろ10貫目の量ですから、アキュムレーションとしてかなり興味深いものだったのではないでしょうか。
記事を要約すると、明治12・13年頃から30年前後までのはがきを10貫目(37.5kg)ほど貰ったので、ボタ印付はがきを即売して、その売上金を陸軍恤兵部に寄付するというもの。
売上げを陸軍恤兵部に寄付というのも、スゴい発想(当時は、そんなものだったのでしょうね)ですが、その分譲の内容もまた凄い。
多度津、尾道が有りますし、もしかしたら岐阜や金沢の鏡字なんてのも、その数十枚な中にあったかも。
なにしろ10貫目の量ですから、アキュムレーションとしてかなり興味深いものだったのではないでしょうか。
2014-05-03 18:27
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イギリス・フィリンピア70 [外国切手]
画像の切手は、イギリスが1970年に発行した、フィリンピア70の記念切手3種の中からの1枚です。
図案は、1847年に発行したエンボス切手から、最高額の1シリング切手を題材としたもので、本物だと未使用でカタログ値20000ポンドと超お高い切手です。
切手自体は、シンプルな構成なのですが印刷が素晴らしく、この切手を初めて入手した時はエンボスまで表現されているような錯覚を覚えて、思わず印面を撫でてしまったことを覚えています。
stamp on stamps の中では、極めて完成度が高い1枚です。
2014-05-02 22:44
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『呉ポスト』701号 [文献]
『呉ポスト』701号が昨日到着。
長期連載の斎氏による横浜国際展出品作品「昭和切手(1937-1946)」の作品紹介に、第2次昭和27銭が紹介されています。
その中には、小渡郵便局で発見された未印刷のエラー、つまり用紙だけの白紙シートを紹介したリーフが含まれています。このリーフには、配給局であった岡崎局に宛てた白紙シート発見についての報告が添付されているところがミソ。
僕がこのシートを初めて見たのは全日展の会場ででしたが、一緒に展示された発見報告に驚き、その全文をノートに書き写したものです。
また、行徳国宏氏による「再建復興期の鉄道郵便」は、終戦直後の鉄道郵便を知るには、短文ながらなかなか有益なもの。
今まで、意外とこの時期の鉄道郵便について論じられることがありませんでしたね。
2014-05-01 20:53
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