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【重要】ブログは引っ越しました [雑記]

皆様

四代目郵趣手帖の収集日誌ですが、10月1日から下記に引っ越しました。
2003年開設の初代ホームページに回帰して、ブログ以外のコンテンツも入れて行きますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

五代目 郵趣手帖
http://yokohama5118.com

URLは、在横浜フランス局の局番から独自のドメインを採用しました。
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近々、お引っ越し [雑記]

タイトルを見ただけだと、「お前、引っ越したばかりで、また引っ越すんかい!!」と思われてしまうとは思いますが、今度はブログのお引っ越しを考えています。

三代目のブログから、ソネットの四代目に引っ越して8年半ほどになるのですが、ソネットがシステム変更するのに伴って、またまた引っ越しを考えています。
今度引っ越すと五代目となりますが、独自のドメインを取得したので、以前から他のことで使っている自前のサーバーに移ろうかと。

で、今考えているのは、二代目からはずっとブログだけだったので、初心に帰って他のコンテンツも扱おうかな?なんて思っています。
イメージとしては、初代『郵趣手帖』みたいな感じでしょうか。
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長野へ [雑記]

昨日、今日と1泊2日で長野に行ってきました。
目的は2つあって、1つは仕事で必要な上田電鉄の保存車輌の写真撮影。

DSC_0557.jpg

そしてもう1つは恒例の長野郵趣会への参加です。
現地では、いつものように信州人さんにお付き合いいただきました。

保存車輌の撮影は、目的以上の撮影が出来た上に時間が余るほど。
それで、すぐ近くだからと言って連れで行ってくれたのが、1969年発行の第1次国宝切手第5集になっている安楽寺八画三重塔。
下の切手ですね。

190922.jpeg

これがですね、山間に位置していてロケーションがとても良く、三重塔で低いにもかかわらずドッシリと迫力もあって本当に良かったんですね。

IMG_5499修正.jpg

これは、わざわざ訪ねて一見の価値は十分にあります。
よい所に連れで行っていただきました。


それで、今日は郵趣会の例会に参加。
例会が始まる前から、田沢切手の大御所氏に「へー、なるほどね〜」と、ある意味において凄いマテリアルを見せていただき、初っぱなから勉強になりました。
何かというのは、私の口からは言えませんが・・・。

そして、塔30銭の熱烈コレクター氏からは、塔30銭の部分張り替えを含む貴重なシート群。
正体不明の面白い変種など、なかなか愉快な話題を提供していただき、こちらの方も良い勉強に。

そして、私は信州ネタということで、松本の箱場印付きのカバーを持参。
箱場の正確な位置は不明ですが、「だいたいこの辺」という話をさせていただきました。

さて、次回はいつ参加させていただこうかしら?


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『震災切手と震災郵便』 [雑記]

今日は、編集の打合せがあったので昼から本郷へ。
仕事自体はスムースに進んだので、終了後、東大赤門近辺の古本屋を物色です。

学生時代から、神保町、本郷、早稲田の古書店街は定番のお散歩コースなんですが、閉店してしまった古書店もそれなりにあって寂しい限り。
今の学生は、1ヶ月に1冊も本を読まない人が主流ですから、古書が売れないのも仕方がありません。
僕は1980年代初頭に大学生でしたが、今では当時の倍の人数が大学に進学している現実を見ると、本なんか読まないけど、取りあえずは大学へという時代。
大学のレベル低下も、これまた仕方がありません。

ちなみに、古書の値段は相対的に神保町→本郷→早稲田の順に安くなります。

で、今日は『震災切手と震災郵便』を見つけました。

190917.jpeg

箱は日焼けしてますが本体は新品と同じ状態で、お値段はたったの1000円でした。

郵趣文献は、同じ本を既に持っていても安ければ何冊でも買ってしまいます。
3冊、4冊とダブっても、これが意外と役に立つんですよ。
1つはノートなみにドンドンと新事実を書き込んでしまいます。典型的なのがウッドワードの訳本ですが、細かい字でビッシリと書き込んだものがあります。
もう1つは、保存しておいて当該分野に新規参入してきた人に差し上げてしまいます。もちろん「この人なら」と僕が感じた人だけですが・・・。
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日清戦争・第一軍第十九野戦郵便局 [日本郵便史]

台湾占領の野戦局印に用があったので、雑多なカバーを放り込んである箱を次から次へと物色。
朱色の丸一印を見つけたので「あった、あった」と取り出して、じっくり見ると「あら、こりゃ違うわ」と。

で、「これはなんだっけ」と見ると「第一軍第十九野戦郵便局/廿十八年五月四日」というデータです。

190914a.jpeg

こういう時は、とりあえず大西二郎氏『野戦局印を主とした 日本の軍事郵便』と鈴木孝雄氏『野戦郵便局のロケーティング』を見るのが定石。
両者ともに古典的名著。
前者には、特に目立つ記述はありませんでしたが、後者には開局場所として「蓋平」が記されています。
ただし、これは告知の記載順からの推定である旨の記述があるので、実物による確認ではないことがわかります。

このカバーには、運がいいことに手紙が残っているではありませんか!
この時期の軍事郵便は、後の時代と違って、地名や街の様子、戦闘の事など色々な見聞情報が記されているので「もしかして・・・」と見てみると。
文末の署名の手前に、下の写真のような書き込みが。

190914b.jpeg

「蓋平」。
この兵士は蓋平に駐屯し、そこでこの手紙を書き、そこにあった野戦郵便局で投函したのです。
つまり第一軍第十九野戦郵便局は、鈴木氏が推定した通り蓋平にあったことが確認されました。

実は、上記とは別人が同じ野戦局から差し出した5月5日のカバーも持っているのですが、こちらにも「蓋平」という記述が出てきます。
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交通マナー [雑記]

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画像は1967年5月発行の「全国交通安全運動」。

千葉県民になって、早くも1月半。
感心するのが車の運転マナー。
家内と「ねぇ、ねぇ、車が止まってくれるんだよね!」と2人で感動しちゃってます。

千葉県民は、信号の無い横断歩道で立っていると、車が止まって先に横断させてくれるんです。
本当は、これが当たり前なんでしょうけど、無法地帯のような福井県から移住すると、ホント新鮮な驚き。
千葉県民全員が、いい人に見えます。

前に住んでいた福井県は、典型的な車ファーストなところ。
道路は車のもの。自転車、歩行者は余計なものって感じでしたから、なかなか信号が無い所では横断ができなかったんです。
だから、車が途切れるまで、ずっと待っているわけ。
で、車が途切れると走るように横断。
だから、こっちに来て、車が止まって横断させてくれるなんて、感動です。
今日も感動しちゃいました。
昨日も感動してました。

福井にいた頃は、仕事で21時過ぎて帰るときは要注意。
なにに要注意かというと、信号無視。
信号無視がある場所って、だいたい決まっているんです。
僕の通勤経路上で、要注意な交差点が2ヶ所ありました。
福井で21時過ぎって、極端に車が少なくなるんです。
その頃には、多くの人が家に帰ってご飯食べてますから、人がいないという前提で運転しているのでしょうね。
2車線の道路で、横断信号が青になったから横断を始めたら、内側の車線を猛スピードで信号無視した車が目の前を通過!なんと、それはタクシーでした。

こんな所から引っ越してきたので、夫婦ともども千葉県民の交通マナーの良さに感動している毎日です。
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『Railway Stamps』No. 205号 [文献]

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昨日、鉄道郵趣研究会の『Railway Stamps』No. 205号が到着。
今号も盛りだくさんな内容なのですが、僕が以前に当ブログで何気無く書いた疑問について、詳しく解説した記事が載っていました。

それは、2018年6月16日に「明治初期の郵便車」と題して、昭和62年3月26日に発行された「さよなら鉄道郵便」の切手解説の郵政省のアナウンスについて疑問を呈したブログの記事をベースにしたもの。

書いた時には「なんか変なんだよな〜」程度の軽い気持ちだったのが、こうして識者に詳しい解説で教えていただき、しかも中に初耳の情報があるなど、ブログの運営者として嬉しい限り。

ありがとうございました。
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塔30銭の銘版 [日本切手]

画像は、第1次新昭和切手塔30銭糊付き。
実物は8枚ブロックなのですが、今日は銘版部分だけ取り出した画像です。

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塔30銭の「印刷局」銘版と言えば、下の拡大画像でわかるとおり「局」字の縦割れ。

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たぶん、この指摘を一般向けに公にされたのは新井氏による『30銭塔切手の版別分類』だと思いますが、改めて見直すと1977年に刊行された『昭和切手シート写真集』所収の2枚の印刷局銘シートでも、この割れがハッキリと見えます。

僕のこの切手が貼ってあるリーフは、1990年代に作ったものが手を加えることもなくずっとそのまま。
もちろん、当時は「割れ」なんてことは知識にありませんから、リーフに注記なんてしてありません。
ということで、時代遅れのリーフなのでそろそろ作り直さなければいけませんね。

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ハンガリー・1913年50Fのエラー [外国切手]

戦前のハンガリー通常切手の代表的なエラーの一つが画像のもの。

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どこがエラーだかわかりますかね?
画像をじっとよく見てください。



答えはポジション13の額面エラーです。
上から2段目、左から3枚目の切手をみると、アレレって感じでしょ。

本来は50Fの額面なのに、この切手だけ35Fになってます。
額面クラッチを入れる際に間違って入れてしまったわけ。

画像のブロックはシートの第1コーナー4×3のブロックなので、このエラー切手のポジションを知るには格好のブロック。
エラー切手を中央に挟んだ3枚ストリップ(カタログ掲載もこの価格)を目にすることがありますが、画像のようなコーナーブロックは貴重で、一度のチャンスで突っ込んで入手した甲斐があったというもの。


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中国・武漢長江大橋開通記念 [外国切手]

画像は、中国が1957年10月1日に発行した「武漢長江大橋開通記念」2種セット。

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長江に架かる全長1,670mの上下2段構造の大橋が完成したのは、1957年10月。
着工は1955年9月ですから、僅か2年のスピード工事でした。

赤色の8分切手を見ると橋の構造はよくわかるのですが、それが道路と鉄道の共用橋であることまではわかりません。
それがよくわかるのは20分切手で、鉄道が道路の下に潜っていく様子が描かれています。

この橋、第1次5カ年計画の一環として作られたのですが、その中でも重要事業に位置づけられていたとか。
北京と広州を結ぶ鉄道は大幹線なのですが、この橋ができる前は北京から延びた線路も、広州から延びた線路も、長江によって1本の線路として繋がらずに分断されていたわけで、物流のためにも橋(トンネルでもいいのですが・・・)で繋げる必要があったわけです。

作りたいけど、建国まもない中国には未知の大工事で技術もない。
そこでソ連の技術者を招聘して、その技術指導によって作られ、そこで得られた知識がその後の中国で活躍したとのこと。

鉄道が分断されているばあい、人は勝手に乗り換えてくれるけど、貨物は勝手に動いてくれないので手間がかかるんです。
鉄道の効率化って歴史的に見たばあい、貨物をどのように捌くのかという問題が大きいのです。

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